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2011年07月 アーカイブ

2011年07月27日

      ~変わらない夏~         宮崎市 SY様 OMソーラーハウス

宮崎市虹ヶ丘団地、OMソーラーハウスにお住まいのSY様の玉手箱を披露します。


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我が家には、この春、小学生になった息子がいる。
OM盤にようやく手が届くようになった彼は毎朝、OM盤で外気温をチェックした後に窓を開け、実際の気温を体感してから来ていくものを選ぶのが日課だ。
「今日はもう20度だ。昼間はきっと暑くなるから半袖にしよう。」
「今日は17度だけど、雨降りだからたぶん少し寒いはず。」
こどもなりにいろいろ考えたり覚えたりしてるんだなあ、と微笑ましい。


その息子が、季節の変わり目になると私に質問してくる。「まだ、冬?」「もう、春?」
日本は四季がはっきりしている国だと言われるが、それでもある日突然、冬が終わり春が始まるわけではないんだなぁ、と息子にこの質問をされるようになって改めて知った。
あまりに便利な生活に慣れすぎて、大人は季節を、肌ではなく月日や言葉で判断していたのだと。


おりしも今年は東北地方の震災の影響で、世間は節電ムードである。
中でも夏場になくては困るものの筆頭に挙げられているのが「エアコン」だそうだ。
そのエアコンが、我が家には、ない。
南国宮崎の夏をエアコンなしで過ごしている。
引っ越す時には、「ま、暑くなったら1台だけエアコン買おう」と軽く思っていたが、実際に住んでみると、立地のおかげで強すぎるほどに吹き抜ける風と、OMソーラーハウスならではの排気システム、そして2台の扇風機があればやっていけることが実感できた。
今のところ家の中の暑さ寒さで家族がもめたことは一度もない。


ところがおかしなことに、車に乗って家族で移動すると、しょっちゅうもめるのだ。
クーラーでガンガンに冷やしたい夫。 それは寒すぎる私。 窓をあけたい息子。
クーラーがなければ、人が自然に近付こうとするのに、クーラーがあると、とたんに人が中心になって自然をコントロールしようとし始める。  おかしくも恐ろしいその姿は、今の日本が抱える問題の縮図のようだ。

そういえば、以前住んでいた家は、今どき珍しいようなあばら家だった。
暑さ寒さも すきま風も雨漏りも 中途半端ではなかったが、苦痛ではなかった。
暑さをしのぐためにうち水をし、緑を育て、木陰に置いたビニールプールで毎日遊んだ。
寒い夜は厚着をし、湯たんぽを入れ、それでも寒かった日には「100回ジャンプして体がポカポカしてきたらすぐ布団にもぐりこもう!」と小さな息子と布団の上で笑い転げながら白い息を吐き、手をつないでジャンプして眠った日のことを、息子は今でも覚えているという。 「前の家、寒いとジャンプして寝たよね。」と。


前に住んでいたあばら家と 今住んでいるOMソーラーハウス、家としての機能は天と地ほど違うが、「自然と生活が密着している」という点は共通している。
「快適」という価値観は 人それぞれだから、個人個人が快適さを求め始めると、他者への思いやりや、生活の知恵や工夫を失いがちになってしまうのではないだろうか。


「パッシブ」とは「受動的」という意味だそうだ。(今回、この言葉の意味を初めて知った。)
対義語は、「アクティブ」。活動的、とか積極的、という意味である。
「パッシブ」と「アクティブ」は、片方だけではバランスが悪い。
「パッシブ」な生活で受け取る恵みをエネルギー源に、「アクティブ」に生きていく。
そんな毎日を過ごしていきたいし、息子にもそれが当たり前であってほしい。

・・・息子が「雨が続いて、蒸し暑いから 髪を短く切りたい」と言っている。 これも「パッシブ的発想」の一つになるだろうか?
梅雨が明けたら、いつものようにスイカを持って坊主頭の息子と川へ遊びに行こう。
世間がどうであれ、我が家の夏は、今年も変わらない。

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